2013年度研究室旅行3日目!!

おはこんばんちわ。
ずいぶんかかりましたが、3日目の様子をお伝えします。

宿の朝はやっぱりバイキングでした。
2日目に体重を量って愕然とした人は、あまり食べてませんでした。

○奈良県立橿原考古学研究所付属博物館
本当は行く予定ではなかったのですが、2日で和歌山の西から東まで移動してしまったので、帰りに寄るという形で行くことになりました。
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せんと君とイワミンがお出迎えしてくれました。

ちなみに行くと決まった段階で旧石器・縄文時代だけ見学する遺跡が決まってなかったので、橿原遺跡を調べて貰いました。もちろん発表して貰います。
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滞在時間2時間と言われたので、みんな急いで回ってました。
館内ではちょうど速報展をやっていました。
弥生時代の遺跡から出土した、伐採中に焼いていたと見られる痕跡のある切り株が展示されていました。
燃えてはいないので、焼きごてみたいなのを押し付けられたんでしょうか?

他にも古代パルミラ展が開催中で、墓の前にあった石像と骨格から、日本とロシアの研究者がその人物の頭部を復元してました。多分顔の中身的にはロシアのほうが近いんだろうなぁと思いました。

常設展では、各自自分の気になる展示のところで張り付いたりしてました。
石棒や土偶、絵画土器、埴輪、瓦、律令祭祀遺物、陶器などなど色々なところでみんなを見かけました。

藤ノ木古墳の金銅製履を見ていたら、ボランティアの解説員の方が来られて、「よくこの履実際に履いていたのかって聞かれるんですよね~」って教えて貰いました。実際履こうとしたら、突起部分が折れ曲がって、見た目が残念な感じになりそうですね。

ちなみにその後TKHS先生から、履や馬具の装飾などから、藤ノ木古墳は新羅の影響を受けているというお話をしていただきました。
調べてみると、藤ノ木古墳の埋葬者のうちの一人は、百済と交流していた蘇我氏と敵対し、暗殺された穴穂部皇子と考えられており、蘇我氏に対抗して新羅の文化を取り入れたのかなぁと思いました。

そんな感じで、橿考博を後にし、行きと同じく、大阪の方から北陸道に入って富山に帰りました。
午後いっぱい移動に使うと思っていたのに、16時半に到着しました。雨も特に降りませんでしたし、空いてたしよかったです。

研究室旅行も終わったので、次はいよいよ発掘調査です。
今年も4号墳を発掘するのですが、今年はどうなるでしょうか・・・。

それでは。
by323



おまけです。
適当に写真をのせていきます。

和歌山城にいたネコと戯れる者たち。
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↑良い笑顔です。ちなみにこの写真を元に、先輩たちが架空の雑誌の表紙を作ってました。
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↑2人がネコを追い詰めました。この間に、ネコの写真を10枚くらい撮っていました。

ちなみに今回の記念撮影は、紀伊国分寺と根来寺の2箇所で行いました。
こちらは根来寺バージョンです。
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紀伊国分寺バージョンです。
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なんとなく集合写真は根来寺が使われそうなので、紀伊国分寺のほうをブログの説明文のところに載せておきます。

逆が良いという意見があれば、変更いたします。
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by tomidaikouko | 2013-07-22 11:00 | 研究室の日々 | Comments(0)